2009年3月 Archives
なおき:前回のお話の自己責任ですが、人によっては厳しい言葉でしょう。私にとっては、 何年も前に聞いた斎藤一人さんの講演のお話があったので、自己認識の1つになっているようです。
悟りの1つかも知れませんが、逆に楽なんですよね。自分の都合のよくないことを、他の人のせいにしようと頭を使って考えても、 改善はしません。原因は自分にあるという前提であれば、頭を使って最初から改善の方向を探すことができるから、 解決できる速度と可能性が圧倒的によくなります。
それで、解決できないことは、時間が解決してくれるのを待つだけなので、悩みもないわけです。
外的な援助に頼らず、自力でなんとかしなければならない。そう決意するのが必要だとして、 人類全体がそんな方向に向くことはあるのでしょうか? なるとして、何年ぐらいかかるものでしょうか? 予測などあるのでしょうか?
どなたでもよろしいです。
ガタル:お前さんは2つの事柄をまぜこぜにしておるようである。自分自身のことと、人類全体とは全く異なるものである。 もともと個の集合である。
何年という予測など持たぬほうが良かろう。現状では収束などしないまま、宇宙に出て行くことになろう。 そうなれば都合がよくなくなるものが多くいるのでな、さまざまな干渉がきているだけである。
地球から見れば、お前さんがた人類はまさに我が子のように愛されておる。少々、わがままに育ちすぎとみられるぐらいである。 社会に出て行く前に、もう少し礼儀などのしつけも必要になろう。
親からのしつけがなければ、どうなるのか?社会からのしつけという形で返ってこよう。どちらが望ましいかは、説明は必要あるまい。
何年待てば、自分がなにもしなくても世の中が変わるというのは、望ましくない考え方である。学べる機会をただ失うことになろう。
現実化のビジョンやイメージを持つときには、他のもののおかげで自分がそうなるというよりも、 自分自身が達成するというほうが望ましい。自己責任というものをともなった、決意と行動である。それが価値ある体験となる。
なおき:そうですか。人類全体のしつけというと、なんだか気が引けますね。
ガタル:言葉によるイメージだけである。基本は、原因と結果の理解した上で行動するというだけのことである。原因の部分には、 思考や思念も含まれる。自分自身が発するものも、よく考えてみるのがよかろう。
しつけというのは、原因と結果のループを人為的に短くしたものである。人為的である以上、間違ったしつけというのも起こりえる。 自己認識が高まれば、そのようなものから開放されよう。そうすれば、逆に法則を利用した遊びも楽しめよう。
なおき:ああ、そっちのほうがいいです。楽しみながらのほうがいいです。
山の頂上に登るルートは選べるのですよね。
ありがとうございます。
なおき:前回の続きになります。チャネリングやインスピレーションというものは、ありがたいようで、 あまり重要視しないほうがいいとことでした。
受信する相手を見極めるべきというアドバイスです。
そうすると、やはり上宮さんのいうように自立ということを強調するべきなのでしょう。
そうしなければ、チャネリングだといって相手もわからないのに言われるままになってしまう可能性が大きいように思います。 自分の経験でもありますが、もともと、このようなことに興味を持つ時期というのは、精神的に弱い時期の気がします。
本やTVやインターネットや広告などは、100%信用する人はいないでしょうし、検閲みたいなものがあります。チャネリングなどは、 直接受信するわけですから、全部素通りです。良し悪しは、わかりませんが、自分自身の認識やエゴを通したフィルターになるようです。
結局、ウソかホントか全くわからず、全部作り上げているのかもしれません。だから、私個人的にはいつも半心半疑です。 スルーすればいいのですが、文章化してしまうと、かなり自分の思考に影響を与えている感じはしています。
そうすると自分自身あまり自立できていないかもしれませんが、やはり依存しない自立というものが大切なのでしょうか?
ベルガ:では、また私の方からお願いします。
検閲のようなものも一応はあるのですよ。地球にいる人類に全員に同じメッセージを送ることも可能です。メッセージの強度が強ければ、 全員が神の啓示を受けたかのように思うでしょう。強度が弱ければ、感度や周波数帯が合っている人だけが受信可能となるでしょう。
自立に関しては、自分でもわかっているようですが、本人の自己責任というのがよろしいでしょう。あなたは、 それを自覚した上で文章化してブログに載せてくださっている。その点などとても感謝しています。
それで自立できる人が増えることを望んでいます。自立とはなにか。自己責任の自覚です。その意味が本当に理解できて、 実践できることを望んでいます。
つまり何を受信しようが、実行に移す前に自己責任というフィルターがあれば、おかしなことにはならないのです。言われるままに、 行動しているようでは、低機能なロボットやまさに部品のようなものです。
あなた方の魂の資質はそんなものではないのです。地球上に起きていることを改善しようと思えば、地球人類としての肉体に乗らなければ、 変えることはできないのです。今は記憶を忘れて、その実践中ということです。方向性の指針などもあるでしょうが、 自己責任ということを覚えておくといいと思います。
堅苦しい感じがするかもしれませんが、一生のうちで本当にしなければならないことは2割ぐらいなのです。 8割は遊びと考えてもいいのです。ですから、本当に楽しみながら、しなければならなくなったことをこなしていくだけでよいのです。
なおき:なるほど。ありがとうございます。
なおき:上宮さんからのコメントでもあるのですが、私も気になっていたことです。
少々、子供っぽい意見の気もしますが、宇宙人とか高次元の存在やらという方たちの意見が、 現実離れしているように思う点があるというのに対して、それでは、あなたたちは、見ていて意見しているだけいいのか?、ということです。
英語ですと、子供にあれこれ言うと、子供が親に反抗して "You do it!(そんなことをいうなら、自分でやりなよ) "というのに似ている気もします。
また、リタイヤしたお友達でいろんなボランティア活動をされている人がいますが、 控えめに見ても自由度が少なく国としても貧しい国へ行っている人など、本当に助けになっているのか、 それとも自分のアメリカや日本などの豊かな国にいることを比較して感謝するためにしているのではないかとも思うことがあります。 言葉はよくないですが、偽善的に思うこともあります。
これもかなり斜めに見た考えなのですが、余計な口出しと言うのもあると思います。例えば、ある貧しい国にいる人に、 豊かな国にいる人が来て、こんなに貧しく生活しているんだと、心を打たれて、自分の住んでいる国はこんなに豊かなで、 あなたたちもがんばれば、そうできるんだという感じがします。普通には、励ましたり協力しているだけでいいようにも思いますが、 比較することで逆にいままでなにも考えないでハッピーだった人たちが、あれこれ考えすぎてハッピーでなくなってしまうようにも思います。
また、いくら頑張っても人間の一生で到達できないような生活などの違いを見せられても、あまりヘルプにはならない気もします。
確かに一度、認識することでイメージングなどで飛躍的な効果が出ることはあると思いますが、逆に害になることもあるように思います。
始めの質問に戻りますが、見ていて意見しているだけでいいのですか?
どなたでもよろしいです。
ベルガ:では、私の方から答えましょう。人によって、意見は異なりますので、私の意見としてください。
あなたが言われるように地球上で起きていることと、見えない世界で起きていることにはあまり差がありません。ですから、 あまりチャネリングだとか、インスピレーションだとありがたがらないことです。
地球に転生してくるものたちも、いろいろいるのです。輪廻転生のカルマにとらわれて本来の自分を忘れかけているものもいれば、 観光旅行のように来ている者も、菩薩のように救いのためにきているものもいます。そう言えば、 逆にビジネス的に搾取にきているものがいてもおかしくはないでしょう。
外から見れば、地球での出来事は水面下で行われているようなものです。なにかあまりよくわからないところもあります。 あなたがたのようにチャネリングやら自己の心に目をむける人は、水面上にあがってきたようなものです。ですから、非常に目立つわけです。
それを見て、喜んだり、応援したり、おちょくったりというのが、外から見ている存在です。そのような状況として、 「見ていて意見だけでいいのか?」という質問に答えます。
これも人によるでしょう。それぞれの個人のつながり、縁といってもよろしいです。自分たちの仲間がリスクを承知で、 転生しているのです。応援したり、励ましたり、叱咤激励もあるのです。逆には、リスクというものを再確認して、 ほら見たことかというものもいるでしょう。自分に取れなかった、チャレンジを受け入れて、うらやましく見ているものもいるでしょう。
必要なことは自分たちでしなければなりませんが、ヘルプとしていつでも準備は出来ているのです。 それが口出しだけのように思えるかもしれませんが、もう少し裏でもお手伝いはしているのですよ。
それはともかくチャネリングなどでの相手を見極めるコツがあります。生きているものでは、目の中に光が見えるように、 相手の心の温かみというものを感じてみるのがいいでしょう。
厳しさの中にも温かみがあるのか、甘えた話の中に冷たさが混じってはいないかなどです。
自分の子供が大人になれば、20~40年ほどは世代というものが違うのです。あまりに細かいことは教えることも出来ないのです。ただ、 温かみというものは伝えていけるのです。それが1つの縁とも言えます。
それはともかく、あれこれしなければならないと思うから、言われることに対して反発心が起きるのです。ウソでもいいから、 しなければならないことを、自分が本当にしたいことだと思い込んでみると、あんがい楽しめると思いますよ。
なおき:そうですね。仕事を楽しむコツは、真剣にやってみることだといいますよね。 昔にアルバイトをしていたところのギャンブル好きの人は、トランプだろうがビー玉や石を転がそうが、 なんでも賭け事になれば楽しめると言っていました。良し悪しはともかく、何をするにしても楽しめる方法はあるのですよね。
ありがとうございます。
-Naoki
2009-03-25
なおき:前回の続きになるのですが、いろいろなアドバイスがあるのですが、 納得がいく部分もたくさんありますが、なかなかできないなぁという部分もあります。
それらは、お金持ちの人がお金に苦労している人を見て、「そんなことをしているから、お金に苦労するんですよ」 と達観して言っているようなものだったりするのでしょうか?
どなたでも、よろしいです。
ガーウィン:では、私の方から話しましょう。ガーウィンと申します。
機会は誰にでもあるのです。子供がおもちゃを手で持って頭に当てて、泣いているのを見るようなものです。
それを見て、面白いとと思っても、馬鹿だなぁと思ってもいいのですが、怪我をしなければ、そのうちに覚えるのです。
あるものは痛みでしか覚えないし、見て学習するものもいます。それは個性ですので、どちらでもよろしいのです。
観察眼を養えば、自分へのフィードバックが増えるでしょう。自分が出来ることを見極めるのも大切でしょう。
自分が出来ることを出来ないふりをしていれば、得られるものも得られなくなります。それらは場合によっては不快感となるでしょう。
元々、肉体の中に入ることで、意識が沈み込み肉体からの影響を受けやすくなっています。それは自分でコントロールできることですが、 意志というものが必要になるでしょう。
その意志がなければ、学習というのは遅くなっても仕方がないでしょう。ただ、それも楽しむという面ではよいのです。 目的地を目指して歩いていても、立ち止まったり、振り返ったりするのも、よろしいでしょう。
ですので、親心と思えばよろしいでしょう。子供は育っていく中で、自分なりの価値観を見つけていきます。家族が同じでも、 世代が違えば同じ環境ではないのです。
コントロールすることも出来るし、あるがままに育てられることもあるでしょう。どちらかいいのか?
まずは自分の心の観察眼を養ってみるのがいいでしょう。単なる肉体からの欲求だけでなく、コントロールされた感情でもなく、 一時的な経験でもなく、永遠に記憶される1度だけのチャンスなのです。
なおき:そんなに大した物なんでしょうか?
ガーウィン:それは本人の選択でしょう。スキャンする解像度は、本人の意思でいくらでも上げられるということです。
なおき:情報だけ多くても、しょうがないような気もしますよ。子供の写真など、もうちょっとたくさん撮っておいても良かったとか、 もうすこし上手に撮れたらよかったと思うことはありますけど。
ガーウィン:過去は宝箱にでもしまっておいて、今、出来ることに焦点を合わせてくださいませ。それができることであり、 そうするしかないのです。
なおき:そうですか。そうですね。ありがとうございます。
トレンド
シリコンバレーの San Jose Mercury Newの記事で、家庭菜園を始める人がとても増えているとありました。 2009年の食料品の値上がり率の予測は5%だそうです。
少ない数字ですが、ガソリン代も安くなって、雇用もすくなくなっているのに、と考えると影響は大きいのかもしれませんね。
卵
今回の話とは異なりますが、家庭でニワトリを飼うという人も増えています。これも実は準備中ですが、レポートはまた後ほどします。
投資リターン
1万円投資をしたらいくらになって戻ってくるかという考え方です。パーセントで計算することが多いのですが、 実際にリサーチや作業や時間なども考慮すると、いろいろな見方ができます。
これを種まきで考えると、製品となった収穫物を買うことや、苗を植えることに比べると、種から育てるのは、 この投資リターンが最大となります。
種の選び方
スーパーなどに花や野菜の種がたくさん売っています。それを買ったほうがいい場合もたくさんあります。ただ、 少々高いと思う場合もあります。
その場合は、食料として売られているものを代用することもできます。ヒマワリの種であれば、20-30粒で$2-3なのですが、 食料品としての生のヒマワリの種は1パウンド(約400g)で、$2ほどで買えます。
同じことは、にんにくなどの球根類や、ジャガイモや生姜などのイモ類にも使えます。
芽が出る条件
これを知っておくと、種まきというものがよく理解できるようになります。芽が出る条件には、基本的に以下の3つがあります。
- 水
- 温度
- 光
光は微妙なのですが、やはり少々関係しているようです。
最適な条件
つまり水と温度が大切なので、あまり乾かないようにする必要があります。
植物にもよりますが、1-2センチの深さに埋めるのがよろしいです。
勘違いで、種まきを、種をばらまくことだと思っていると、乾燥して芽はでないし、鳥のエサになってしまいます。
種まきの準備
いきなり種を地面に埋めるよりも、もうすこし効果的な方法があります。
ペットボトルに水と種をいれて、適当に振ります。1晩おいてから、地面に埋めます。
そうしますと、種の表面に傷がついて水が染み込みやすくなります。また、1度十分に水を吸いますので、 その勢いで発芽がしやすくなります。
その前に、冷蔵庫に2週間ほど種を入れておくと、冬から春になったと思い込んでくれるようで、発芽率が上がる場合もあるそうです。
待ちたくない場合でも、水でふやかすぐらいはするのがいいように思います。
まとめ
別に種まきなどしなくてもいいのですが、1年草はすぐに大きくなるので、成長が楽しめます。
そうすると、ベランダや庭に出る機会が増えます。もともと、室内にばかりいるというのは、不自然です。
自分で食べ物を作ってみると、他の人が作った食べ物も、より感謝の気持ちでいただけると思います。
すべては感謝を見つける旅というわけです。
ありがとうございます。
-Naoki
2008-03-18
なおき:意識操作とか、洗脳や思い込みなどですが、自分で外せる場合は、 外すほうが望ましいのでしょうか?
知らないままのほうが、楽な感じもします。私の場合、性格的に外せるリミットは全部外したいと思ってしまいますので、 しょうがないのですが、そんな余計なことをしないほうが、楽に生きれる感じもします。
それで、また生まれ変わったりしたら、振り出しに戻るでしょう?なんだか無駄のような気もします。
どなたか、お願いできますか?
ベルガ:まず、最初に無駄ではないと言っておきましょう。将棋や囲碁の盤のようなものです。毎回、ゲームの度にリセットされますが、 自分たちは碁石ではないのです。それを楽しんでいるプレイヤーだということです。
能力的な制限などに関しては、どちらでもいいのです。外したいと思うのは、本来の性能をどこかで知っているからです。外さなくても、 それなりに楽しめるものはたくさんあるでしょう。ですが、本来の姿に近づいていくのが進化というものです。
かぼちゃやヒマワリの種を蒔いていたように、種からは成長した姿は想像できなくとも、可能性はすでにプログラムされています。 それが本来の姿というものです。
意識操作に関しては、それを忘れさせようとして働いているものがたくさんあります。発芽玄米のようなものです。どっちつかずにされて、 可能性はもぎ取られてしまうようなものです。栄養価は高くなるというメリットはありますけど。
そのような生き方が楽かといえば、もうご存知でしょう。最初はよくとも、そのうちに飽きてきます。 本来の性能を発揮したいという欲求はそこからも来ています。
意識操作を外すには、自分の意識と他の人の意識をよく観察してみることです。なにかおかしいと思ったときに、これが本来の姿なのか、 自分の心に問い合わせてみるのです。そして、違うと思えば、意識から離せばいいだけです。
社会のしがらみでは、物理的に離すのは難しい場合もあるでしょうが、意識から離すだけで、その効果は徐々に現れてきます。
もう1つは、自分自身の意識プログラムの作り直しです。自分の都合のいい方向に切り替えるのです。雨が降ったら、町が綺麗になって、 植物が喜ぶから、自分も嬉しいとか、そのようなものです。晴れなら、遠くまで見えて、暖かくなり、光合成が進み植物も動物もみんな喜ぶから、 自分も嬉しいとかです。
どんな条件も全て自分の望ましい方向に向けることで、意識操作などの影響を減らすことが出来ます。
それでなにが得られるのか? まぁ、それはお楽しみといいたいところですが、1ついうなれば、「必要なものは何もない」 ということです。「神との対話」にもあったでしょう。
依存からも恐怖からも全て開放され、最高に自由であるということです。全てがあるがままで、いいのです。
まずは、パズルのようなものと思って、自分の意識というものが操作されていないのか、 または自分でおかしな意識プログラムを作り上げていないのか、見直ししていくのがいいでしょう。
いろいろ面白い発見があると思いますよ。
なおき:なるほど。ありがとうございます。心や反応のパターンを理解するのに、心理学の知識を使うのはどうでしょうか?
ベルガ:知識は知識で役に立つでしょう。プログラミングであれば、ライブラリのようなものです。ただし、世の中の傾向程度のことです。 不変なものとは思わないほうがいいでしょう。意識の進化というのは、時に爆発的に起こるものです。
なおき:なるほど。ありがとうございます。
2008-03-14
なおき:とりあえず、家族全員で羽田製茶の小売販売を手伝うことにしました。 そのために週に1回程度のビデオ会議もすることにしました。
インターネットがあれば無料で使える、Skype, Google Calender, Adobe Acrobat ConnectNow などを使って、家族全員で本名顔写真入りのブログも利用してのマーケティングです。
今までのネットワークマーケティングやウェブコンサルタントでやってきたことと同じですが、 家族で一緒に何か創造的なことができるというのも楽しいことです。
とりあえず、感情面のなんとかしたいという気持ちはなんとかなりました。やはり実行に移すために起爆剤のようなものですね。 記憶も感情も一時的なものですので、自分をごまかすことなく、みんながホッとするような解決案を見つけて、実行に移すことができれば、 あとはなんとかなるものだと思います。今回は、それができたので、よかったです。ありがとうございます。
結果はどうなるかは分かりませんけど、楽しく実行できることなので、ついてくる結果でいいと思います。将来的にどうするのかは、 タイムリミットはあるものの不確定な部分が多いので、結局、今は選択肢を増やすことができるように活動を続けることかと思っています。
でも、これで5年10年計画なわけですよね。こんな風にしていると、1つの人生で得るものがえらく少ない感じもします。
主観的に多い少ないというよりも、試験で言えば、合格というラインに達成しない気もします。
どうなのでしょう? 久しぶりに、ガタルさん、お願いできますか?
ガタル:今までのところは順調で、特に将来の障害も見当たらぬ。まずは大丈夫であろうと言っておこう。
ひとつには今回のように、方向転換などを必要とするイベント時に、自己責任において真剣に考え、決断し実行できるかである。 それができれば、誰にでも合格点を取るのは、簡単なことである。その場においては、なにかを作り出すような必要性はほとんどなかろう。
おまえさんが今回見つけたように、結局はすでに自分の中や利用できる環境の中にあるものを組み合わせるだけのことであろう。「いつも、 本当に大切な質問の答えは自分の中にある」と覚えておくとよかろう。
言い換えれば、思い出すということである。
決断しなければならないときには、気をつけたほうがいいことは2つほどある。1つには自分のエゴにとらわれないこと。 エゴを完全に無視するのも逆によくない。2つめには、関連する人たちが楽しく幸せになれるアプローチを選ぶことが望ましいとはいえるが、 そのなかに自分を必ずいれることである。自分で、自己犠牲だと思うようでは、はた迷惑になるだけである。
自分自身の幸せは、権利ではなく義務である。幸せであるからこそ、よいサービスや、よき父親であることができよう。 幸せと感じるには通常は自分のなかにあるものを再確認するだけであるが、不必要なことで無理をすることはなかろう。
感情面に関しては、自分自身の感情と、他の人から受ける感情の影響を区別できるようになるのが望ましい。 映画館のように他の人からの感情は、臨場感となって楽しめよう。ただし、自分自身の指針となるものは、自分の心としてのアンテナである。 それは特別なものとして、観察し続ける価値のあるものである。
他の人の感情の浮き沈みには、あまり付き合わぬほうがよかろう。本人の学びの機会である。観察の対象としては興味深いかも知れぬが、 学ばぬものから学べるものは少ないであろう。
地球人としての人生の中で、得られる情報と体験の量、言い換えれば、魂としての経験値については、人によって異なる。 求めているものも人によって異なる。
経験値を高めたければ、自分自身の観察の解像度を高めるようにするのがよかろう。くだらぬことを頭の中で思い巡らすのではなく、 あるものをあるがままにとらえることである。そして、自分自身の心がどう感じるかを観察することである。
それによって、自分というものを自己発見できるようになろう。すべては自己発見の旅である。感動といったものを感じるとき、 それは外にあるものを発見するのではなく、自分の中にあったものを再発見しているのである。
できれば、他の人でも同じように自己発見というものを大切にしている人からは、学べるものが多かろう。学んでいる人からは、 学べるものは多い。おまえさんの周りには、芸術家のような人も比較的多いであろう。会社もそうであるが、 もともと自分でそのような機会を増やす環境を選んでおる。それは最大限、利用するのがよかろう。
人によって、地球人として体験したいものに差があるのは、仕方がなかろう。もともと100年程度というのは、短すぎる。 人間としての体験入学や予備校のようなものなシステムとなっておる。よかれあしかれ、そのようなシステムが出来上がっておる。 利用方法は人それぞれであろう。他人と比較し、他人の価値観に合わせていれば、自分を失い、簡単に意識操作されることになろう。
あるがままにものを見、そのなかから自己発見をすることである。そしてあるがままの自分となることである。 それが社会に受け入れられるのか?それは分からぬ。
ただ、自分を知って友達でいてくれる仲間には感謝するのがよかろう。仲間がいてこそ、旅はより楽しくなるのでな。
なおき:なるほど。そうですね。時間のかかることばかりですので、徐々に習慣化していきます。ありがとうございます。
先週末に、生垣用に20本オウゴンマサキ(黄金柾)という木を植えました。
名前のように、輝くような黄色の葉っぱをした木です。
Home Depotで、Golden Euonymusという名前で売っていました。調べてみたら、日本原産ということでした。
さすが世界でもトップの園芸技術を持つ日本ですね。
一番安い、3ガロン鉢で1本$5ほどでした。ちなみに2年ほどさらに育った5ガロン鉢では、$20ほどになります。
費用は20本ですから、約100ドルです。植えるのにかかった時間は約2時間でした。
植える前の写真です。玄関先からの写真です。
植えた後の写真が、以下です。
ほとんど、間違い探しぐらいにしか分からないです。
徐々に大きくなるのを楽しみにしています。
ありがとうございます。
-Naoki
なおき:ずいぶんと保留にしてきたことですが、アメリカに永住するか、日本に帰るかということです。
元々は高校の時ぐらいからの親父との約束で、30歳までは好きなことをしていてもいいけど、30になったら実家に戻って、 家業の羽田製茶を継ぐということでした。
今、考えてみると、30というのは中途半端な年齢のようにも思います。
大学が東京だったので東京でサラリーマンをしても良かったのですが、 それよりアメリカやインドやオーストラリアにでも行ってみる方がいいかと思い、結局、アメリカに来たわけです。
30の時には、現地調達でこちらで結婚していて、好きなコンピュータの仕事でしっかり稼いでいましたので、 家業を継ぐことはできないという約束を守れないということになりました。
なんとなくはわかっていたと思いますけど、親にはとても残念なことだったと思います。
それなら、家業も継がなくていいし、住まなくてもいいから、名前と家を継いで欲しいというのが、親父からのオファーでした。 本当にボトムラインだと思います。妹2人もそうしてくれたほうがいいというので、そうするということになりました。
私にとっても、非常につらい日であったのと、そのときの親父の顔も覚えています。
それで、何とかしようと思い、投資などのお金の勉強やネットワーク・マーケティング・ビジネスを始めて、 5年ほどは一生懸命やってみてそこそこの結果は出ていたのですが、本職の20%程度の収入でした。結局は、人間関係のビジネスですが、 ビジネス仲間の不倫やら三角だか4角関係だかにうんざりして、グループではなく自分個人として活動するほうになりました。
そんなところで子供ができて、ありがたく思っています。特に朝起きて、隣にちっちゃいのが寝ているのを見ると、しあわせを感じます。
あんまり気にしていなかったのですが、母親が日本から来て、初めて孫を見て喜んでいるのを見ると、そうだよなと思いました。
自分が両親と祖父母と一緒に育ったことと、特に核家族化の顕著なアメリカでバラバラになって孤独を抱えている人たちを目にすると、 やっぱり2世代などの家族で住むほうが幸せなんじゃないかとも思いました。
結局、自分自身ではじいさんになったら、孫と一緒に住めるほうが楽しいと思います。自分の両親もおそらくそうだと思うと、 そうしてあげたいと思います。
ちびまる子ちゃんのおじいさんの友蔵さんのような感じもありますけど。自分もそうだし、近所でもそうだったので、 昔は当たり前のことだったと思います。
ただ、アメリカにいて、そうでない人たちが多すぎて、それでも幸せそうにしている人たちは、経済的にもかなり裕福層でトップ5% 未満の人たちに思います。さらに、家族で仲良くというのは割合も少なくなり、5分の1としても1%ぐらいの人のように思います。結局、 経済的のも豊かで、私の目から見て本当に幸せそうな老夫婦というのでは、1人しか知らないわけです。
両親も65歳ぐらいですが、そんなに余裕があるわけでもなく、あと10年は働くと言っています。私も経済的に安定して、 日本に戻れる環境もすぐには出来ないでしょうから、5年計画ですが、10年になればさすがに期限という感じがします。 住んでいる場所に限定せずにお金を稼ぐ方法はいくらでもありますから。
逆には妻も英語しか話せませんし、仕事もしていますので、日本に行ってどうするんだという話もあります。選択肢もたくさんあるし、 可能性も十分あるのですが、パズルのピースを集めてもなにか足りなくて完成しないような不安感もあります。
本当は誰かに相談したい気持ちもあるのですが、なんとなく自分で見つけて決めないといけないような気がしています。 相談にはチャネリングも含めますので、直接の答えやアドバイスは要らないのですが、なにか心構えのようなものがありましたら、 教えてください。
どなたでもよろしいです。
ベリエール:お久しぶりです。まさに感情のジェットコースターですわね。
人生の転機となるような時は、これまで何度も経験しているでしょう。そのいてもたってもいられないような気持ちもその1つですわ。
すぐには答えというのは見つからないと思いますので、数週間や数ヶ月は待ちながら試行錯誤や情報の整理をされるのがよろしいでしょう。 税金の申告のこともありますので、徐々に整理をしていくのがよろしいと思いますわ。
答えや今後の指針となるものを見つけたときには、自分ですぐに分かりますので、その点は大丈夫でしょう。
あと、今日インスピレーションをもらった言葉「他人の価値観の中には、本当の自分は見つけ出せない」というにもヒントはあるでしょう。
相談したくないと言われても、すでに相談しているようなものですわ。自覚し、決心した時点でスイッチの入ることもあります。 時間がかかることでもありますので、焦ってもしかたがないのです。
ただ、時期というのはありますので、今は夏の野菜の種まきなどをして、楽しみながら試行錯誤や情報収集をするのがよろしいと思います。
なおき:そうですね。今、しておかないといけないこともたくさんあるので、徐々に片付けながら、準備をしていきます。 ありがとうございます。
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9日ほど日本から母と妹が来ていました。やはり人生は感謝を見つける旅だと思いました。両親とも健康でありがたいことです。
アメリカでの生活を続けるかどうかなど長期間保留にしてきたことも上がってきましたが、こちらはもう少し整理からよく考えてみます。
前回のお話での質問になります。上宮さんより、解釈は「過去にもとらわれず、未来にもとらわれず、現在に集中できる自然体であること」 なのか?ということでした。
同じく、ベルガさん、お願いできますか?
ベルガ:解釈に関しては、どのようにしてもらって構いません。学校のテストのように、模範解答や解釈の仕方というのはないのです。
おとぎ話でも、ビジネスの方法論でも、聖書や、法律でも、解釈が変わるでしょう。自分の求めているものが、見つけたり、 確認できたのであれば、それはそれですばらしいことです。それは人によって違うものになるのが当たり前です。
一字一句にこだわることは避けるほうがよろしいでしょう。
あなたのように、一言を10年単位で心に残すのも一つですが、そのような言葉は受け取ったときに、 いかに重みがあるかを覚えておくことです。
プレゼントといってもいいし、場合によっては重荷にもなるでしょう。つまり、他の人を縛る力のある言葉でもあります。
自分の将来のビジョンが見えて、現在の自分とのギャップを埋める選択も出来るのです。選択によって将来も変えることができる。
あなたの持っている、別の疑問にスピリチュアルの世界でよく言われるように、受身で全てに感謝すればいいのかというのがあるでしょう?
それも人によって、時期によって違います。まいた種は刈り取らなければならないし、カルマや宿題もあるでしょう。別の言い方であれば、 プレゼントやお土産のようなものです。右から左へ持っていって、喜ばれ、感謝されるというものです。
途中では投げ出さないほうがいいでしょう。自己嫌悪や焦燥感などを感じるのはそのようなときです。 それはガードレールやセンターラインのようなものです。ないよりかはあったほうがいいでしょう?
なおき:そうですね。見方も状況も違いますから、答えは1つではないですよね。
どのように受け取るか、それは自分で選べるようですので、そうしたいと思います。
子供ができてみて、親にしてもらったことが少しでもわかるようになりました。
そのことに感謝できて、両親が健在で、すこしでも親孝行として返せる機会があるというだけで、とても嬉しいことです。 ありがとうございます。
いなかったら、いなかったで、別にいい点もあるのでしょうけど。自分の場合はそうでないので、出来る範囲でしたいと思います。
ありがとうございます。
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なおき:ちょっといくつか、インスピをいただきましたので、まとめて聞いてみたいと思います。
1つ目は、セキュリティという点です。プログラミングでも、入力間違いなどを基本として、 データ保護や悪意のあるユーザーなどのアクセスを制限しようとすると、ドンドン面倒になって効率が落ちてきます。いうなれば、 プロトタイプと製品版との比較のようですけど、労力的には10-100倍ぐらいかかる気がします。直感的には50倍という数字です。つまり、 本当に必要なものだけで済ませれば、50倍の効率化ができるかもしれないという考えです。
これを生き方というのに当てはめると、車の保険や火災保険やら年金や心配事やら、果てはスケジュール管理やプライオリティ管理などで、 リスク管理だらけになってしまいます。これが本当に必要なことなのでしょうか? それとも、全部外してしまっても、 いいようなものなのでしょうか?
2つ目は、自分も含めて、周りの人も観察していると、やはりある基準で意思決定をしているようです。 いつもいつもデータ解析して論理的な決定をするわけでもないので、 間違っているかもしれないデータや思い込みや目標と言ったものにより近づけるような判断や、 場合によっては主義や主張など本人以外にはあまり価値のないものが判断基準になっている気がします。
そこで間違った目標を持つと、まぁ、ろくでもないことになることが多いようです。例えば、 お金持ちになるというのが唯一の目標だとすると、手段を選ばなければ、あまりいい結果にならないようです。 セールスやモチベーションセミナーにくる人で変に目がぎらついている人などもそうでしょう。私もそういう時期があったと思います。
この間違いを避けるために、例えば目標を「ハッピーであり、ハッピーでありつづけ、さらにハッピーになる」というようなのを持ち、 それに基づいて判断と意思決定をするのは、どうなんでしょう? 例えば、不健康よりも健康のほうがさらにハッピーそうだとか、 お金はないよりある程度はあったほうがいいとか、そのためにはどうするという単純なことなんですけど。これを続けていくで、 目標は達成できるのでしょうか?
どなたか答えてくださるかたは、いらっしゃいますか?
ベルガ:また、ベルガです。
あなたの言いようは、理論的すぎるのですよ。もし、それらを試してみたいのであれば、やはり自分で試してみるのがよろしいでしょう。 体験によって学べることです。
つまり自分で試してみるしかないと言うわけです。ただ、それが他の人にも同じように出来るのか、 一般化できるのかは別の話でもあります。
そのような実験や体験として、生きているわけですから、好きなように試してみなさいというところです。
それを踏まえたうえで、答えさしていただきます。
1つ目に関しましては、リスク管理というのはあなた方の見えないところですでにされています。 ガイドや守護霊やおかげさまという人たちでもありますし、地球全体を管理されている人もいます。
自分の行動範囲で、リスク管理をしなくてもいいかとなりますと。個人の力量によります。大抵の人は徐々に必要がなくなってきます。 自分で管理が足りないと思われる場合には、まだ卒業していないということです。管理が必要ないと思ったときに、見えるものがあるでしょう。
2つ目は、自分の心に聞くことでしょう。一体、自分が何をしたいのが、どういう人でありたいかということです。 人によって違いますので、一般化は考えないほうがいいでしょう。明確な判断基準があっても、すぐには結果がともなわないこともありますので、 結果はゆっくり待ちながらがいいでしょう。
自分自身がありたい姿にない場合、心の中に闇ができることがあります。場合によっては、コンプレックスだったり、 自己嫌悪の部分だったり、精神的に未熟な部分だったり、洗脳された部分だったりします。
それを見つけたときには、よく目を凝らして観察してみるのがいいでしょう。コアになるものを見つけたら、 徐々に解消できるものばかりです。これを生まれついてのカルマとも言ってもいいし、この世で解消するべき課題と言ってもいいでしょう。
それが出来てくると、透明になって、宇宙と地球の間に自分がいるという状態になるでしょう。そうなれば、 先ほどのリスク管理など全く必要ないのです。
なおき:なるほど。自分の中にも、そんなには多くないようですけど、ぽつぽつと斑点みたいに変な回路があるようです。 自分自身の反応をみて、思ってない場合もあります。
そうですか。このデバッグが課題でしたら、気をつけて観察してみます。
ベルガ:自分自身の感情をモニターするとよろしいでしょう。肉体的な感覚としても現れますので、 感覚とあわせてモニターすれば精度も上がるでしょう。
その上で、自分がどのように反応をするのが、どうように対応をするのかを、よりハッピーの方向などで、選び行動を出来れば、 結果として徐々に出てくるでしょう。
ベルガ:ところで「ハッピー」でないということはないのでしょう?
なおき:基本的にはハッピーなんですけどね。たまに自分にウソをついているように感じるときがあるのですよ。 それがなんだろうと思っていたものですから。
ありがとうございます。
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