問答:不正確な過去と不確実な未来、集合意識の政府
上宮さんのブログの記事は以下のです。
http://plaza.rakuten.co.jp/grifins/diary/200809080000/
後で教えていただいたのですが、すでにそのようなものがあると気がついた人からアクセスというか、参加できるようになるそうです。
1つの可能性としては、面白いと思います。
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2008-09-09
なおき:ガタルさん、おはようございます。今日もよろしくお願いします。
ガタル:おはよう。
なおき:昨日、3X年ぶりに保育園の時の友達と会いました。小中高と別でしたので、保育園ぶりということになります。
2人ともほとんど覚えていないようでしたし、会ったときについ「はじめまして」とも言ってしまいました。
もうすこし何か特別なシナジーのようなものがあるのかなとも思ってみたのですが、そんなものでした。共通の記憶以前に、 自分の記憶もあまりないのですよ。保育園の頃は、ケンカは多くて、脱走して家に帰ったりということぐらいしか、あまり覚えていないです。
過去世のご縁の人とかも、そういうものでしょうか?
ガタル:共有したものの大きさによろう。保育園の数年ではあまり特別には感じぬかもしれぬな。好きだった女の子ならば、 少々違うであろう(笑)
なおき:確かにそうかも知れませんね。確かに、回想すると芋づる的にいろんなシーンが思い出させます。 確かに自分も保育園児だったと感じがします。
ただ、記憶が正確かどうかがかなり怪しいです。心理学の実験例でも読んだことがありますけど、 なかった記憶も結構簡単にできてしまうようですよね。知り合いの人でも、10年前にアメリカに来た頃の記憶を間違って覚えてしまったらしく、 いつも事実と違ったことをいう人がいます。その人にとっては、それが事実なんだろうと思いながらいつも聞いているのですけど。
ガタル:回想するときに、感情を再体験するのは、知っておろう。事実は変わらぬとも、感情を違ったラベルにすることも可能であろう。 事実も不正確、感情も書き換えられるのであれば、夢のようなものである。過去にとらわれる必要など、どこにもなかろう。
なおき:そうですよね。未来も同じようなものなのでしょう。未来の不確実性は、過去の不正確さと同じかもと思いました。
ガタル:大筋はある程度あろうが、枝葉はいくらでも変わろう。花咲か爺さんのようなものである。枯れ木と、満開の桜の木は、 いかにも違おうが、幹と大枝はおなじであろう。枝葉をどのように選ぶかはお前さんがた次第である。
なおき:なるほど。木まで選べるのであれば、ジャガランダの木がいいですね。恐竜時代のような常緑の葉っぱと、 派手はピンク紫の花など、庭木にいいと思いますよ。
話は変わるのですけど、上宮さんのブログにあった集合意識の政府というのは非常に興味深いです。逆には、 それ以外にはないようにさえ思いました。ただ、そんなに特別でもないよう思いましたよ。バシャールとか、 シルバーバーチとかも集合意識だと読んだ覚えがありますから、同じようなものではないのでしょうか?
ガタル:お前さんが、それしかないと思うのは、すでに情報の刷り込みがされておる。同じように思う者もたくさんおろう。 今までの集合意識と違う点は、参加者の数にもなる。通常、少数の専門の者たちで集合意識というものを作る。 1つの文明にある人類全員が参加可能というのは、前代未問であろう。日本の国会のように首相を直接選べない仕組みと、 アメリカのように国民全員で大統領を選ぶ仕組みの融合のようなものである。
細かきところは、あまり気にせずともよかろう。それよりも、メールの返事にあったように、「すでに参加している」 という意識を持つことが大切であろう。
つまり、お前さん方はすでに個人でも意識からの現実化が可能である。それは今までは、個人の身の回りのレベルであったが、 グループ化され影響を及ぼす範囲がさらに地球規模になるだけである。今でもすでにそうなっているのが、 加速され影響力が大きくなるだけである。
なおき:日本で言う、「世間さま」とか「皆さま」の神さまのような影響力でしょうか?つまり、バイクや車でうるさくしていると、 本人はよくても、周りには不快な影響になるわけですよね。それが跳ね返ってくるというのは、やっぱりあるように思うのですが、 加速されるのでしょうか?
ガタル:学びは加速される。
なおき:逆にネガティブな意識はどうなるのでしょう。同じように影響力が大きくなれば、収支がつかなくなるような気もするのですけど。
ガタル:分離しているものと、集合しているものと、どちらの影響力が大きいと思うかね?
なおき:集合しているほうですかね。昔は扇動家とかいうように人を操ろうとする人もいたようですけど、今はビジネスですから、 分離の方向もかなり力があると思いますよ。
ガタル:ビジネスを抜きにすれば、デバイスなどなしで誰でも直結できる方法が必要になろう。
なおき:そうなんでしょうね。ところで集合意識というものがよく分からないのですが、統一されているものなのでしょうか?それとも、 地域とかエリアとかあるのでしょうか?
ガタル:自分の体を見てみるのがよかろう。右手が痛いとき、左手は関係なくとも、右手を助けようとするであろう。意識としては、 右手の痛みを感じ、左手をコントロールしようとする。
なおき:そうですか。なるほど。局部的な対処はできるだけして、できなければ問題をエスカレートするという、 アメリカの会社の問題解決方法にも似ていますね。全ての問題を解決したらどうするのでしょう?
ガタル:それがこの世の楽園であろう。そのうち暇になって、他の友達の手助けでもするようになろう。そのときの影響力は、 集合意識の総数が大きいだけあって、かなりのものになろう。楽しみなことよな。
なおき:さっき、下の妹の赤ん坊の時の写真を思い出しましたよ。10年以上、写真は見ていませんけど、 いい笑顔だったなぁと思いますよ。子供がいない人がいても、親がいない人はいないわけなので、 生まれてくる命にはみんなハッピーでいてもらいたいです。ありがとうございます。
ガタル:うむ。まずは自分から。その次は目の前の人である。マイペースでやっていくのがよかろう。
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